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本当は恐い?座敷わらし〜六部殺しの真相

 前回は「座敷わらし」について、柳田國男の世界とあまりに違う、佐々木喜善の「ザシキワラシ」を紹介しました。『黄昏綺譚』より柳田國男の「遠野物語」に出てくる「座敷わらし」も紹介しておきましょう。

●綾織村砂子沢の多左衛門どんの家には、もとお姫様の座敷わらしがいた。それがいなくなったら貧乏になった。

 
●遠野の町の村兵という家には御蔵ボッコがいた。籾殻などを散らしておくと、小さな児の足跡がそちこちに残されてあった。後にそのものがいなくなってから、家運は少しづつ傾くようであったという。

●附馬牛村の某という家では、先代に一人の六部が来て泊まって、そのまま出て行く姿を見た者がなかったという話がある。近頃になってからこの家に十になるか、ならぬくらいの女の児が、紅い振り袖を着て紅い扇子を持って現れ、踊りながら出て行き、下窪という家に入ったという噂がたった。それからこの両家が表と裏になった。

『黄昏綺譚』高橋克彦著より

 まあ、見事に怖くないですね。お姫様とか、紅い振り袖を着た女の子とかがいて豊かになるなら歓迎したいところです。柳田國男が意図的に恐いザシキワラシの話を外したために、可愛らしい座敷わらしが一般に広がってしまいました。
 しかし、佐々木喜善の記録した話の方にこそ、ザシキワラシの秘密に迫る証言が隠されているのです。
 何故、ザシキワラシが金持ちの家に現れるのでしょう?「黄昏綺譚」の著者である高橋克彦氏はこう語っています。

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 ザシキワラシが現れて金持ちになったのではなく、金持ちの家だからこそザシキワラシは出現するのであると。
 そのザシキワラシの姿は、佐々木喜善が記録した黒い獣じみた者であったり、蛇のように細長い手をもった化け物であったり、夜中に家を徘徊する老婆こそが本当の姿であると。
 高橋克彦氏は、これは、貧しい人々の金持ちに対する妬みと諦めが底辺にあって作られた話であると結論付けています。

 あの家が上手くいっているには訳があるはずだ。化け物に祟られているからこそ、豊かになっているのだ。金持ちにはなりたいが、あんな化け物と一緒に暮らすのはゴメンだ。貧しくても我々には安らぎがある。金持ちになるにはそれだけのリスクを負わなくてはならないのだと。

 このやり切れない人々の思いがザシキワラシの話を作り出したのではないかと高橋克彦氏は語られています。

 さらにここには、重大な証言が。これは柳田國男が残した座敷わらしの話にもその片鱗が残されているのですが、 「一人の六部が来て泊まって、そのまま出て行く姿を見た者がなかったという話がある。」というくだり。そして「その家はその後栄えた」というつながり。そう、これは殺人の告発ではないでしょうか。「六部」は他国の人間でお金を持って旅をしています。座敷わらしが出現するのはその後なのです。

 やっかみや妬み、それにつけて「疑い」を人々はザシキワラシという存在に仮託して噂した。と見るのがおそらく正解であろうと思います。こういう生々しい現実が民話の背後には隠されている。民話は決してファンダジーではないのです。

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 「六部殺し」「座頭殺し」

 日本全国に残されている民話の中に「六部殺し」というカテゴリがあるそうです。「六部」とは、六十六部衆を縮めた言葉で、般若心経を担いで全国の六十六の札所を巡礼する人たちを言います。その人たちを殺害する話が「六部殺し」なのです。

 この話が全国に数多くあるのですが、何故なのか?答えは簡単です。金を持っているうえに、身元の照会も難しく、しかも見知らぬよそ者だからです。
 今のように交通網が発達していない当時は、往復するだけでも命がけの冒険であったと思います。しかも六部は修行ですから一人旅が基本。基本は物乞いの旅なのですが、いざという時のためのお金はたいていは持っています。その金を狙っての殺人なのです。
 宿探しが暗くなり訪問が誰も見られていないようなら、これは絶好の獲物。ちょっとした勇気を出せば一晩で大金持ちになります。藩も自国から犯人が出たら面倒くさいことになりまし、殺人による死体が発見されても行き倒れとして処理されることも多かったのではないでしょうか。
 恐ろしい話ですが、当時は多かったと思います。全国に民話として残されているのはそのためでしょう。

 夏目漱石の『夢十夜』にも似た話があります。これは旅の座頭を殺す話で、犯人はその金で村一番の金持ちになりますが、その直後に生まれた子供に座頭の霊が憑依するという筋立てです。

 柳田國男が自分の描く世界に相応しくない話を取り入れなかった「遠野物語」でさえ、この六部の話が残されているのは、ザシキワラシと六部殺しの関係でも重要な点ではないかと思います。
 あの家が、急に金回りがよくなったのは何か怪しい事、ヤバイ事を為したに違いない・・・。そういう疑念がザシキワラシという存在を誕生させたのではないか。
 それが長い時間を経るうちに、金持ちの家にはどこにもザシキワラシが居るという、むしろ半分嫉妬の話にすり替わっていったのではないでしょうか。

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