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ギロチンと処刑人にまつわる話 [◆歴史の人物にまつわる謎]



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 6月17日の今日は”ギロチンの公開処刑最後の日”と言われてきます。
ギロチン・・・。フランス革命でルイ16世や、マリー・アントワネットが処刑された時に使われた処刑道具として有名ですよね。そこで今回はこの日にちなんで、ギロチンに関した話を紹介していきます。


【ギロチンの名の由来】

 この残酷な処刑道具の代名詞とも言える”ギロチン”ですが、その発明の動機は、意外にも死刑者の苦痛をやわらげてあげるために考案されたものでした。

 死刑が免れることができないなら、せめて楽に死なせてあげようという、死刑囚への慈悲の思いから生み出されたものなのです。

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 考案した人は当時のフランス革命時の内科医で立憲議会議員だったジョゼフ・ギヨタン(右画像人物)
 この人の名前から”ギロチン”という名前が来ています。
 本当は、ボワ・ド・ジャスティス(Bois de
Justice/「正義の柱」)という正式な名前を付けられていたのですが、こっちのギロチンの名前の方が広まることになってしまったのです。
 
 今までの処刑法と違い、苦しむ間もなく、あっという間に絶命できるこの処刑方法は、執行する側も楽ですので、フランス革命を契機に一気に広がります。
 結果、1万7千名近くの人がフランス革命でギロチンで処刑されていきました。

 本来は、楽に死なせてあげたいという人道的な目的から発明されたギロチンでしたが、皮肉にもフランス革命の残酷な大量処刑の象徴としてその名が広がることになってしまい、ギヨタン博士はこの不名誉な名称に強く抗議したのですが、以後も改められることはなかったので家族は姓を変えたといいます。

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【死刑執行人という家系】

  ヨーロッパにおける死刑執行人は世襲制によって受け継がれてきました。これはヨーロッパにおける死刑執行人が一種の被差別民として扱われ、就業や婚姻において強い差別を受け、特定の一族以外が死刑執行人に就くのを妨げていたことによるそうです。しかし、一方ではムッシュ・ド・パリという称号と名誉をも与えています。
 代々受け継がれて執行してきた死刑執行人たちも様々な苦悩があったようです。人体の構造も熟知するために医者になった者もいました。
 死刑執行を行うギロチンは死刑執行人の私有財産であり、公共財産ではなかったため、生活苦のために競売で売られることもあったそうで、これは物好きな愛好家に高く買われたりしています。 

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 この死刑執行人の苦悩を描いた話として、週刊ヤングジャンプ連載中の「イノサン」という漫画があります。フランス革命の時代、ルイ16世やマリー・アントワネットなど、主要人物の処刑を手がけた実在の人物、死刑執行人の家系であるサンソン家の四代目シャルル=アンリ・サンソンの生き様を描いた歴史漫画です。
 「ジョジョの奇妙な冒険」の「スティール・ボール・ラン」のサブキャラのジャイロ・ツェペリもこの人がモデルだそうで。
 漫画「イノサン」では、処刑人の一族であることから偏見を受け育った彼の運命に悩む姿が、描かれています。
 実在のサンソン自体は死刑執行人という立場でありながら、熱心な死刑廃止論者だったそうで、何度も死刑廃止の嘆願書を出しているが実現することはなく、逆に人類史上2番目に多くの死刑を執行するという皮肉な運命になりました(1番は、3,165 人の処刑をしたドイツのヨハン・ライヒハート)。死刑制度が廃止になることが死刑執行人という職から自分が解放される唯一の方法であると考えていたと手記に書き残しています。

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「スティール・ボール・ラン」第3巻より


【日本の死刑執行人】

 さて、日本はどうなのでしょうか。日本もヨーロッパ同様、代々世襲制で死刑執行人がいました。江戸時代の山田浅右衛門(やまだ あさえもん)が有名です(代々名乗った名称)。明治まで続いていましたが、日本でも死の穢れを伴う役目のために浪人という立場であったそうです。ですので幕府からは知行を受け取ることはなかったのですが、意外にも大変裕福でありました。
 最大の収入源は「死体」・・・。処刑された罪人の死体は、山田浅右衛門家が拝領することを許されたのですが、刀の試し斬りとして色々な武士からの申し出があったと言われています。そして、試し斬りの経験を生かし、刀剣の鑑定としての腕も確かで諸侯・旗本・庶民の富豪愛刀家から大きな収入を得ています。
 更には人間の肝臓や脳や胆嚢や胆汁等を原料とし、労咳に効くといわれる丸薬をも製造していたというから驚きですね。しかし、その得た収入は、死んでいった者達の供養に惜しみなく使い、東京都池袋の祥雲寺には、6代目山田朝右衛門吉昌が建立した髻塚(毛塚)と呼ばれる慰霊塔が残っています。駅反対側の池袋サンシャイン60は東条英機を処刑した巣鴨拘置所の跡地であったことも有名な話。


【人は首を切られてもしばらくは意識があるという話】

 ギロチンの話題で必ず出てくるこの噂。様々な回答がありますが、解明されていないというのが事実です。なぜなら斬首を体験した人は喋れないから。
 とある科学者が、ギロチンに自分がかけられる際に、首を切断されても意識があるか瞬きをするから言ったとかの話はどうも都市伝説っぽいですね。この科学者はアントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエという人で、フランス革命に処刑された一人です。当時実際に死刑に立ち会った人の記述にそのような話はなかったそうです。
 とはいっても首を切られた鶏がずっと生存していたという話もありますから、肉体というものは不思議なものです。

管理人もよく訪れるカラパイアさんのサイトでまとめられています。

→頭がなくても18か月間生存していた奇跡のニワトリ「首なし鶏マイク」


 さて、1939年の6月17日をもってギロチンによる公開処刑が最後になりますが、ギロチン自体は1981年まで使われていました。
 最後の死刑人は、ドイツ生まれの連続殺人者オイゲン・ヴァイトマン。ギロチンにかけられ、フランスで史上最後の公開処刑となりました。死刑執行人は、数百年にわたって死刑執行人の家系であるジュール=アンリ・デフルノーという人。 この時の公開処刑の動画が撮られており、ここで見ることができます。

→【閲覧注意】本物のギロチン処刑動画

拷問刑罰史」という書籍に「山田浅右衛門」についての記述があります。





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