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ついてきた卒塔婆

  管理人が小学校高学年の夏の間だけ、しかも荒川の河川敷だけで体験した不思議な話を綴っていきたいと思います。
 それは、体験した仲間たちの間で、
いつしか”荒川トワイライトゾーン”と呼ぶようになり、大人になってからも「あれはなんだったのだろうか」と語るようになった不思議な話です。

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①ついてきた卒塔婆

 東京と埼玉の境にまたがる大きな川、荒川。S橋とT橋の間の荒川の河川敷が私たちの遊び場だった。
 数十年前の荒川は、六価クロムの土壌汚染問題で騒がれていた時代であり、ヘドロの匂いと大量の魚の腐乱死体、身の丈以上もある生い茂る雑草、そして一度入ると抜け出せない底なし沼のような場所など、立ち入り禁止区域が至るところにある今では考えられないような危険な遊び場だった。
 振り返るとそんな危険な場所がすぐ身近にあったのかと思うと、
今も不思議な感じがする。そこは、半壊した巨大な船もあったし、両手を広げるぐらいの大きな魚の腐乱死体が大量に打ち上げられていたのだから。

 大人たちや学校からは、荒川で遊ばないように再三注意されていたが、我々子どもたちにとっては、宝物の隠し場所にしたり、スリリングを楽しむ冒険心をくすぐる格好の遊び場であった。sh 468.jpg

 そんなある日のこと。いつものように仲間数人と荒川河川敷の中で遊んでいると、池というより沼のような場所で木製の小舟を見つけた。古い渡し船のような小舟である。


 この沼の先には、水路のような川があり、それは荒川とつながっており、漕いで行くことで、荒川に出ることがわかっている。
 
見たところ壊れていないようだ。冒険心が湧いてきた私たちは、3、4人で、その小舟に乗り、荒川に繰り出すことにした。
 漕ぐオールはない。そこら辺の発泡スチロールの板や、竿のような木を探し、漕いだり、川底を突いたりして進むことにした。

小舟.jpg

 いつもと違う水遊びとなった。これは楽しい。夢中になって漕ぎ始める。身の丈もある雑草のある水路を漕ぎ、やがて荒川へと出た。この先は川幅も広く底も深い。今までのように川底を突いて進む訳にはいかない。が転覆すると大変であることは分かる。

 一人が竿を川底に取られ、手放してしまった。漕ぐものが発泡板だけでは心ともない。

  なにか代わりになるものはないかと周囲を見渡していると、上流の方から何やら流れてくる。板のようだ。小舟を漕ぐ板に使えるかもしれない。

 その板が流れてくる方へ漕ぎだした。というより、その板は真っ直ぐ我々の方へ近づいてくる感じである。

 やがて、その板になにやら文字が書かれているのが見えた。

 

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 お墓でよく見るやつである。子供心にそれが「卒塔婆板」であるとは知らないが、お墓でよく見るものだということだけは分かる。

 気味が悪い・・・・。それが真っ直ぐ、こちらにスーッと近づいてくるのである。

「おい、引き返そうぜ」仲間がつぶやいた。

 川底が見えない大きな荒川に出た不安からも、我々は早くも先ほどの細い水路のような川へと戻ることにした。
 途中で別の竿を拾うこともできた。これで帰れる。

 すると、その卒塔婆がなんと流れに逆らって我々の水路の方へ入ってきた。明らかにおかしい進み方だ。

「ついて来てる・・・・」

 我々の漕ぐ速度に合わせるかのようにピッタリとその卒塔婆はついてくる。よく見ると、その卒塔婆の下になにやら黒い海藻のような固まりが見える。

 不安に仲間が耐え切れなくなったのか、せっかく手に入れた新しい竿を突然、その卒塔婆に向かって投げつけた!

 竿は、卒塔婆に激しくぶつかった!

  すると卒塔婆は、動きを止め、スーッと離れていったのだ。

 その時に卒塔婆の下にある黒い藻のようなものの正体がわかった。

 海藻ではない、もっと細くて長いもの。
 そう、それは大量の長い髪の毛のような固まりだった・・・・。

  我々はボートを岸につけ、半ば逃げ出すように這い出た。
 そして、その卒塔婆の正体が何であるのか確認したい衝動にも駆られ、
 恐る恐る荒川に戻る卒塔婆に近づいた。

 卒塔婆は荒川に戻り、来た時と同じように川の流れに乗って下流へ消えていった。

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そのほかの荒川河川敷での体験(随時更新)

●もうひとつの穴
●落ちてきたものは・・・
●白い回転する布
●奇妙な死骸

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